また、日本の芸能界から例をひろってみますと、ビンク・レディーの。フロデューサーで作曲家としても有名な都倉俊一氏と女優の大信田礼子さんの離婚の例があります。

お二人とも昭和23年、七赤の生まれですが、結婚は昭和49年1月10日、三碧の日に、日本から見て「五黄殺」の凶方にあたるハンガリーのブダペストで結婚しました。ところがその後、「五黄殺」の方向へ動いた者の宿命である、だらだらとした不幸がつづいて、昭和53年1月17日に離婚の届け出をするようになったのです。お二人とも個人的には運勢が強く、今後にも期待されるのですが、破局の事実は事実なのです。なお、大信田さんはその後、銀座でクラプを経営、りっぱに再起、成功への道を歩みなおしておられるようです。

もう一つ、芸能界の例をひろってみましょう。少し以前の話になりますが、二大スターの結婚ということで話題を投げた萬屋(中村)錦之介さんと有馬稲子さんの場合が、やはり凶方にあやつられた不幸な結婚の例でした。当時、二人の家は、京都と東京にあり、東西関係にありましたが、婚約発表の日、東が「五黄殺」西が「暗剣殺」という最悪の方位関係にあったのです。結果は、あなたもごぞんじのとおり、五年後の離婚という形になってあらわれたのです。

 

◎出典 「改定方位学入門」高木彬光著 カッパブックス及びブログ作者の収集データーによる◎