高崎正風は薩摩の武士の家に生まれました。九歳の頃、ある朝、食事の時に「御菜がまずい。」といって食べませんでした。召使は何か他に御菜をこしらえようとしますと、隣の間に居た母が来て、「お前は武士の子でありながら、食物についてわがままをいいますか。昔いくさの時には殿様さえ召し上がりものがなかったこともあるというではありませんか。どんな苦しいことでも我慢をしなければ、よい武士にはなれません。この御菜がまずければ食べないがよろしい。」といって正風の膳を持ち去りました。正風は一度母の言をひどいと思いましたが、ついに自分のわがままであったことに気がついて、何遍も母に詫び、姉もまた詫ぴてくれましたので許されました。その時、これからは食事について決してわがままをいうまいと誓いました。

それから正風はこの誓いを守るばかりでなく、どんな難儀なことでもよく我慢したので、後には立派な人になりました。(四年生)

 

※高崎正風…天保七(一八三六)年~明治四五(一九一二)年。幕末の志士、歌人。幕末に薩摩と会津を結ぴつけた。維新後、初代國學院院長などを務める

『国民の修身』監修 渡辺昇一