冒頭の「解題」において紹介した本書の訳者である四王天延孝中将も指摘するように、本書『シオンの議定書』そのものには「執筆者、年代、講述の場所、書き下ろした実際の日時」などの基本情報が何も記されていない。このこともあって、「史上最悪の偽書」とか「史上最低の偽造文書」などと扱き下ろされることがしばしばあるのだが、ユースタス・マリンズはその著書 The Curse of Canaan (Revelation Books ₁₉₈₇ 邦訳『カナンの呪い—–寄生虫ユダヤ3000年の悪魔学』太田龍監訳、成甲書房、二〇〇四年刊)において、本書が成立した経緯を極めて明快に解き明かしている。
すなわち、本書『シオンの議定書』に盛りこまれた構想はフリーメーソンやシオニズムを産み出したユダヤ教改革派の最高幹部による秘密集会で決定されたものであり、それを最初に書物の形で発表したのはプロイセン生まれのユダヤ教のラビであったヒルシュ・カリシャー(一七九五~一八七四)であり、その後も引きつづき様々な装いで公刊され、一般的には議定書の最初の出版とされているセルゲイ・ニルスの『卑小なるもののうちの偉大』(一九〇五年秋刊)よりも前に、いわば議定書の雛形的文書がいくつも存在していたと指摘している(原書九四~九七頁、邦訳書一七三~一七八頁、以下の引用は拙訳による。)
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フランクフルトのイルミナティ本部から二つのカナン人の悪が誕生した。爾来、この双子の悪は疫病のように世界を蝕みつづけてきた。すなわち、シオニズムと共産主義である。
まず第一の悪、すなわち「共産主義インターナショナル」は英国ロスチャイルド商会のライオネルと詩人ハインリッヒ・ハイネ、そしてカール・マルクスというたった三人が当初の構成員だった。ワイスハウプトは一八三〇年に享年八二歳でこの世を去って、とっくにいなかったのだ。イルミナティ頭領としてワイスハウプトの跡を継いだのが、イタリア人革命指導者ジュゼッペ・マッツィーニだった。マッツィーニの指揮の下で、イルミナティはもっと過激な直接行動、すなわち革命の勃発と政権の転覆奪取へと急速に方針転換した。共産主義インターナショナルはこの直接行動主義計画の第一歩だった。それは当初、ただ単にイルミナティの一部門「正義者同盟」として知られただけだった。このイルミナティの一部門が一八四七年にカール・マルクスに「共産党宣言」の執筆を委任した。この本が翌一八四八年に出版されるや否や、世界各地のフリーメーソン支部の手によってたちまち世界中に流布されることになったのである。(中略)

ツヴァイ・ヒルシュ・カリシャ