数奇な運命を生きてきた「季香蘭」(中国読みはリイシャイラン)こと山口淑子は1920年2月12日に、中国束北部(旧満州)に生まれ、その後国内を転々としています。

17歳頃、たまたま中国名を使って俳優としてデビューしたことから、彼女は複雑な気持ちを抱えたまま、中国人としての人生を生き始めます。この年から日本と中国は戦争に入り、その4年後には太平洋戦争が起きています。まさに 混乱の時代を、自らは何ひとつなす術もなく、生き抜くしかなかったでしょう。このあたりのことは、第1ピークに作用する5のエネルギィの要索を明確に表していますが、この方の軌道数は力強さの象徴である8だということも加味されるべきです。
また、5には、突然の変化が起こるが、結果は必ず好転するという要索もあること、ただし、それを受けいれる勇気が必要だということもおぼえておきましょう。戦後「中国人と偽ってスバイ活動をしていた」という容疑をかけられ、あやうく死刑になりかけた時も、彼女は「中国を愛した日本人」としての自分の生き方に絶対的な確信を持っていたからこそ、それを免れたのです。

第2ピークは彼女の華やかな時代です。この周期の6の作用は彼女に初めての恋を運んできますが、他方では仕事に対する惜熱と、さまざまなチャンスをも与え始めるのです。31オから5年間ほどの結婚生活もほとんどすれ違いの生活で、結局彼女は仕事を選ぶのですが、その別れは、お互いの深い理解とともにあったようです。
渡米して演技の勉強に情熱を傾ける彼女は、ユル・ブリンナーやチャップリンなど優れた俳優たちとの交流を通じて、自分の内面に成長をもたらしていくのです。彼女の選択は正しかったと言えるでしょう。
第三ピークに入った38歳という年に、彼女は二度目の結婚をし、突然引退して、主婦業に専念し始めます。この周期の数は11ですが、これは同時に2でもあるので、流れに身を任せたとみるべきでしょうか。その平凡な生活はその周期の間中続きますが、再びニュースキャスターとしてマスコミの世界に戻るのが46歳ごろです。そのあとは、再び5の作用を受け、各国の取材旅行や、国会議員としての仕事などを経て、執筆活動を始め、彼女の冒険は尽きることのないかのようです。
『100年数秘の本』DASO著 (ヴオーグ社刊)より